bon now

ありのままの現実を書き殴る吐き溜め。底辺SEの備忘録。
Written by bon who just a foolish IT Engineer.

サヨナラを知った僕の感情論

Created Date: 2014/11/05 21:28
Updated Date: 2024/01/01 00:26

先月の29日、僕の好きなアーティストであるサカナクションの10thシングルが発売された。 その収録曲の1つがさよならはエモーションで、今回の記事の元ネタである。

僕がこの曲を最初に聞いた時最初に持った印象は、「失恋ソング」あるいは「旅立ちの歌」だった。 個人的には「さよならはエモーション」は、サカナクションの前回アルバム「Sakanaction」にも収録されていた「Aoi」を聴いた際に受けた印象に近い。 東進の全国高校・中学高模試のCMに使われたという背景もあって、 未だ見えぬ自分の未来を掴むため、がむしゃらでも道を切り開きながらその先にある光を求め今を走り抜ける若人のイメージが、 鮮明と浮かび上がる。

時間があっという間に過ぎる感覚というものは、若い時代にはあまり無いものだ。 けど、数年数十年後に振り返ると、とても充実していたはずのその時間がやたらと速く過ぎ去ったように思えることもある。 特に中学、高校という3年間は、その当時はとても濃厚な時間だったはずなのに、 別れを間近に控える時期に差し掛かると、それらがすべて閃光のごとく過去のものとなる虚しさがあった。 きっとそれは、3年間への別れを意識することにより、 忘れられない記憶、忘れたい記憶などの様々な感情が、 溢れかえらんばかりの想いとして自身の内に氾濫するからだろう。 それでも人は年を経て大人になっていくし、自分で自分の未来を見つけ前へ進まなければならない。 だから、それらの想いを自分なりに昇華していく他ない。 これらの抽象的部分を曲を元にして解釈した場合、 例えば曲最後の「忘れていたこと いつか見つけ出す ずっと深い霧を抜け」という部分は、 想いを抑えた上でその時分想像もしていなかった自分の進路・未来・人生を見つけるための決意とも解釈できる。 また、「アスヲシルヒカリ」については、 詰まる所自身の明日を知っているのは自分の歩む道だけであり、 それを指し示す光は、ずっと自分を照らしてくれている(=だから進むんだ)と解釈できるだろう。 なんだか感傷に浸ってしまうような懐かしさと儚さが、そこにはあった。

涙こらえながら進むことは、おそらく誰にとってもつらいことだと思う。 それに忘れたい記憶も沢山あるだろうけど、大抵は忘れられないばかりか、 ふと脳裏によぎっては憂鬱になる場合が多いだろう。 でも時間はずっと進み続けていて、そして人生も同じように前へ進んでいくだけで、 立ち止まって振り返っても、自分の意識していなかった過去ができあがっていく。 ここ最近のサカナクションの曲には、そういうメッセージが込められてる気が個人的にすごく感じる部分だ。

そんなわけで僕もまだ見ぬ明日のために、 今日も一通り人生の残酷さと希望とを同時に感じながら生きている。

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